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クレッセント日記

facrescent.exblog.jp

フラワーアレンジメントの講師をしています。日常の色々を綴っています。

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青天の霹靂3

検査入院は結局短縮されて3日間で済みました。

入院2日目は朝から絶食でした。
そして、お昼過ぎに始まると言われた検査は結局午後4時から始まりました。
入院患者は何かと後回しにされます。

検査自身は1時間ほど。その後、2時間ぐらいして目が覚めると言われたのですが・・・・。
午後7時には目覚めるはずでしたが、私が目覚めてテレビをつけたら「報道ステーション」(午後9時54分始まり)が始まったところでした。
3時間のはずが6時間も寝ていました。
どんだけ寝てたのか・・・。
そして、すぐ消灯時間になったのでした・・。

翌日も朝は絶食。
お昼前に主治医の先生が採血の様子を見て、やっとお昼ご飯が食べられました。
生検は口から入れた内視鏡で行なわれたので、食事後大過ないか様子を見てから退院しました。

その主治医の先生が病室で「恐らくリンパ腫だと思います」と軽~~く告知。
検査入院だったので検査をする人ばかりの大部屋でした。
隣の人の会話も丸聞こえでした。
「先生、○○の数値悪いですよね」「再発ですか?」とか・・・。

確かにこの病院はがん専門の病院です。
ほとんど全部がん患者さんだと思います。
先生方にしてみればがんは日常で、たいして珍しい病気じゃないでしょうが、患者一人一人にしてみればがんは大変な病気なのです。
この辺りの温度差はとてもよく感じました。
でも、看護師さんたちは皆、優しかったし、いろいろ気を配ってくれたのでした。



入院して行なった生検の結果は1週間後にわかるということでした。
その日は主人と次男が一緒に主治医の話を聞いてくれました。
この一週間が長かった~~。蛇の生殺し第2弾です。

リンパ腫の種類によっては週単位で進行するものもあるそうです。
私のがそれだったら、と思うと1週間はとても長い時間でした。

ところが、覚悟して診察室に入ったのに、細胞の培養がまだとのことで、血液・細胞療法部の先生への紹介や治療方針はまだできないとのことでした。
主人も次男も仕事をやりくりして来てくれたのに・・・。

ということで、更に1週間待たなければいけなくなりました。
蛇の生殺し第3弾です。

そして、一週間後、血液・細胞療法部の先生から初めて診断を受けました。

やはり悪性リンパ腫でその中でも比較的多いタイプとのことでした。
色々な説明が必要だったので、かなり長い診察時間だったのですが、とにかく何というか、ま、こういう病気です、と事実をあっさりでした。
前にも言いましたように、とにかく病院中がん患者さんだらけなので、医師にとっては日常の風景なのでしょう。
患者さんにとっては色々なことが一時に押し寄せて来て、用語を理解するだけでも大変なので「が~~ん」という感情に浸っている間もありません。

その日は11時予約だったのに、呼ばれたのが12時半。その後、骨髄穿刺。血液採取。レントゲン撮影。心電図。心エコー。と検査だらけ。
その後、入院予約にPET予約。
全部終わったのが5時近くになっていました。



青天の霹靂、とは予想しない突然起こるできごと、という意味ですが、本当は私の場合、青天の霹靂とは少し違うような気がします。

というのも、母が73才、父が62才でともにがんで亡くなっているので、私もいつかはがんになると思ってはいました。
テレビの保険のCMでも二人に一人ががんになるとか言ってるし・・・。

だから、確定診断されたときも「やっぱりね」。
ただ、固形癌と違って血液のがんになったのは「そっちか・・・」と予想外でした。

また、何となく、両親ぐらいまでは生きるような気がしていたので、「ちょっと早いような」気がしました。

でも、何だろう。絶望感だけじゃなかったのは意外で、案外落ち着いて受け止めたのでした。

私が一番恐れていることは、認知症になることと、お金もないのに長生きすることだったからです。

「はよう、のうなってくれんか」←名古屋弁?(早く亡くなってくれないか)
「まだ生きとらっせる」←名古屋弁?(まだ生きていらっしゃる)
って言われることはないかもって。

ただ、私の病気は結構抗がん剤が効くようなのです。
かの有名な近藤誠先生(著書『患者よ、がんと闘うな』『がん放置療法のすすめ』の)でさえ、抗がん剤が効く数少ないがんの一つと断言しています。

さて、どうなることやら。


by fa-crescent | 2019-07-16 10:07