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クレッセント日記

facrescent.exblog.jp

フラワーアレンジメントの講師をしています。日常の色々を綴っています。

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2回目と3回目の治療

7月初めに抗がん剤2クール目を受けました。
以下はその時に書いたものです。

ただ今2クール目の抗がん剤治療のため、入院しております。

本当は2回目からは外来でできるのですが、1回目が「1年に一人」いるかいないかくらい副作用が強かったからでした(レジデントの言うことなので大げさなような)。
今度の入院ではより強力な制吐剤を使うので、大丈夫ですよ、適な言葉に期待をかけたのでしたが…………。
前回より2日早くそれはやってきて、前回より長引きました。ただ、程度はぐんと軽くなり、これはだめそう、と思ったら自分でバンバン判断して、看護師さんと相談の上、薬を飲みまくりました。
人間ってこんなに体内に薬を入れていいのっていうくらい。
抗がん剤が既に劇薬だし、それに対抗する制吐剤が数種類、抗菌剤、尿酸コント―ロール剤、胃薬、精神安定剤、催眠剤、緩下剤、ステロイドなどなど。
日頃、頭痛薬と胃薬ぐらいしか使ってない身体にはすごい感じです。

今、午前4時半です。あまりにも日中、寝に逃げたため(寝ると楽になるのです)、午前2時に目が覚めてもう眠れません・・・。
でも、今日は何だかすっきりな感じ。いよいよ副作用脱出のようです。


そして7月の23日に3クール目を通院で受けました。
通院と言っても丸1日かかります。
朝一番に行って、受付の順番を待って、採血して、先生の診断を受けて、センターに移動して受付して、ベッドに案内されて、抗がん剤が来るのを待って、抗がん剤を5時間ほど点滴しました(何しろ4種類の薬を一度にするので)。

今回は副作用が軽くて、すぐ活動できたので、超嬉しい!!
と、思っていたら・・・・なんと1週間経ってからだるさとむかつきがやって来ました。
それでも、程度はぐんと軽いので、家でごろごろ楽させてもらってます。

ところで、内服強力制吐剤のパンフレットを今回初めて見て納得しました。

吐き気やおう吐を起こしやすい患者さま

1.女性である
2.50歳以下である
3.過去の抗がん剤治療中または治療後に、吐き気やおう吐を経験している
4.ほとんどアルコール(お酒など)を飲まない
5.乗り物酔いをしやすい
6.妊娠中のつわりがひどかった

って書いてあったのです。

2.と3.以外はほとんど該当しています。
そうだろうな、と思いました。
よく、大酒飲みは麻酔が効きにくいって言うので、4.はあると思いました。
2.は全く該当しません。
喜んでいいのかなぁ。





by fa-crescent | 2019-08-01 09:23 | そのほかのいろいろ

治療2

昨日は選挙でしたね。
投票は行きましたか?
せっかくの権利なのに投票率が低かったようですね。

先週は大変悲惨な放火事件がありました。
夢を実現しつつあった若者が34名も亡くなりました。
これからどんな素晴らしいことが待っていたかわからない若者が、と思うと残念でなりません。
本当に信じられない事件でした。
ガソリンで火を点けるとどういうことになるのか、犯人は本当に理解していたのか・・・・。

ご冥福をお祈り致します。



さて、第一回目の抗がん剤治療の続きです。

食べ物の匂いどころか、人がものを食べる音を聞くのさえ苦痛になって来ました。
また、洗濯物の柔軟剤の匂い、看護師さんのシャンプーか化粧品の匂い、でさえ苦痛でした。
吐き気が蘇ってくるのです。

サザンオールスタースの「アロエ」という曲の中のフレーズが何度も頭をよぎりました。
「明けない夜はないさ、乗り越えなさ~~い」というフレーズです。

そういう苦しい3日間が過ぎると、徐々に元気になって来ました。
吐き気とだるさが和らいできたのです。
ただし、食欲はあまり戻りませんし、胃などはしくしく痛みます。
それにまだよれよれとしか歩けません。

ただ、こんなことを思うのも何なのですが、私ってここでは軽い方かも、なんて思ってしまいました。
抗がん剤に対する副作用のことではありません。
身体全体の状態、がです。

何しろ、ここはがん専門病院なので、ほとんどの患者さんはがん患者さんなわけです。
病棟を歩くと、私より何倍もよれよれな方。
顔色の悪い方。
身体からたくさんのチューブが出ている方。
とても様々です。

私は手術はしなかったので、(何しろ、血液のがん、なわけですから)、その分随分楽だったような気がします。
傷口がないので、痛みはないし、その部分のケアは要らないからです。
何より、臓器や乳房などを無くした喪失感という精神席な苦痛がありませんでした。


そうそう顔色といえば、うちの息子たちの見舞いのときの第一声がヒドいのです。

次男は私を見るなり「ひどい顔色だ」とのたまいました。
「そういう時は嘘でもいいから、思ったよりいい顔色だ、って言うものよ」と諭しました。
何しろ鏡をほとんど見ていないので、本人は嘘でも何でもわからないんですもん。

長男は私を見るなり「まだ禿げてないじゃん」。

本当に教育を誤りましたね。


抗がん剤の副作用について言えば、これはものすごく個人差が激しいようです。
人によっては「これってほんとに効いてんの?」というぐらい軽い人もいるそうです。

私はどちらかというと重いほうで、2回目の抗がん剤は通常通院で行うものですが、次回も入院となってしまいました・・・・・。
若いと重い人が多いって言われても嬉しくありませんでした。
やっぱり軽い方がいいです・・・。



by fa-crescent | 2019-07-22 10:47 | そのほかのいろいろ

治療

6月10日、やっと入院でき、いよいよ化学療法が始まりました。
因みに抗がん剤治療は3週間おきに6~8回行われる予定です。
(大先生の口調から8回になりそうです(涙))。

入院した日、あらためて血液内科で生検をしました。
ベッドからストレッチャーに移っての移動です。
まるで重病人のようです(重病か)。

ゆるい麻酔を点滴されてお腹をふか~~く刺された模様です(見てないのでわかりません)。
ゆるい麻酔なので、眠いのに眠れない、その状態でぶすぶすお腹を数か所刺されました・・・。
(でも、今はその跡はほとんどわかりませんが)。

翌日、いよいよ抗がん剤のうちのひとつを点滴をしました。
この点滴がすごい。
何がすごいって看護師さんたちがひっきりなしに様子を見に来てくれるのです。
そして、酸素飽和度、体温、血圧を毎回必ず測ります。

ショック症状を起こしやすかったりするからだそうです。
幸い、私は無事点滴を終えました。

そして、さらに翌日、数種類の抗がん剤を点滴しました。
この点滴も緊張しました。
液漏れすると腕の組織が大変なことになるものがあるので絶対手を変に動かさないように、と言われ、途中でトイレに行きたくなったらどうしようなんて思ってしまいましたが、これも無事終了しました。

その日の夜、ちょっとむかっと来たので、制吐剤を点滴してもらって眠りにつきました。

翌日、大部屋から個室に移ることができました。
私のことだから、吐いたり、うめいたり、みんなに迷惑を掛けそうだったので、初めから個室を頼んでいたのですが、この病院、個室は常に満室なんだそうです。
個室は階が変わるのですが、荷物持って歩いて移動しました。

このときまでは私は元気でした・・・・・。

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個室は9階でとても良い景色。
もしかしたら名古屋で一番良い景色の病室かもしれない(?)

病室から見た景色。
ドンピシャ自宅方向。

スカイタワーの向かって右側の緑の森の中に自宅があるはず。

















個室に引っ越した日から数日間、私は死んでました(←冗談)。

昨日までは私はなんの自覚症状もなく、普通に食べて、普通に動けてました。
それが抗がん剤を点滴して2日後くらいから、それは始まったわけです。

まず、吐き気。
この吐き気は予想外でした。
というのも、大先生曰く「今時の抗がん剤はそのあたりはちゃんとケアするので、吐く人はいませんよ」。
曰く、「ドラマとかで抗がん剤が吐くみたいなのをしてるのがいけない」。
さらに大部屋にいるときに、私と全く同じ病気の人が退院間際だったのですが、「見て。こ~んなに元気よ、大丈夫」。なんて言っていたのでした。

苦しい時、(みんなの嘘つき~~)と心の中で喚いていました。

内服薬は効かなかったので点滴に制吐剤を追加してもらいましたが、間隔を6時間空けなければいけません。
大体、その頃になると薬の効き目がなくなってきて、気持ちが悪くなってきました。


次に、だるさ。
これは薬もないし、どうしようもありませんでした。
とにかく、じっとしていられない。
所謂、「身の置き所がない」という状態がず~~っと続くのです。
シーツの上に敷いていたバスタオルがもうぐしゃぐしゃになりました。

ところが、ある瞬間、気づいたのです。
(あれ?制吐剤を点滴すると、ちょっと楽になる)。
吐き気止めが何となくですが、だるさにも効くような・・・。
これは本当かどうか、次回確認してみようと思います。

次に大変だったのは、食欲超不振。
心因性のせいか、この病気がわかってから体重が2キロ落ちてました。
私はホメオスタシス機能が優秀?なせいか、体重の変動がほとんどありません。
ここ何十年、ほぼ同じ体重なのです。
ちょっと増えても、すぐ元に戻ります。
逆にちょっと減って喜んでても、すぐ元に戻ります。

なので、2キロ減は大きい変動なのです。
これ以上落としたくない、と思って食べようとしてもどうしても食べられません。
吐き止めのおかげで吐き気が抑えられていても、です。
食事が運ばれて来ても、即返していました。
一応、食べられるかどうか蓋をはずすのですが、蓋をはずして匂いを嗅いだ途端、(無理!)となるわけです。

特に、和風の出汁の匂い(おそらく、安い粉末の出汁だと思いますが)がだめでした。

しょうがないので、栄養食のゼリーなど(ウイダーインゼリーみたいなの)を啜ってみましたが、香料のきついものはダメでした。


こういう状態の中で、トイレは頻繁に行かなければいけません。
とにかく、点滴で水分を取って、なるべく速やかに抗がん剤と死んだがん細胞を流さなければいけないようです。
起き上がるのはつらかったです。

会話はしたくありませんでした。
しゃべるのがしんどかったのです。

ラインが来ても見るのが精いっぱい。
返すのが苦痛でした。

テレビも見たくない。
部屋の明るさも苦痛なので、部屋もくら~~くしていました。

とにかく、この時間が速く過ぎて欲しい。
寝ているときだけがつらさを感じないので、ずっとうつらうつらしていました。

数日間人工的に寝続けて時が過ぎる、そういうオプションはないんだろうか、そんな夢みたいなことさえ思いました。



老人ホームのよう、と言われた個室の障子。
自分の部屋にいるように、という配慮なのだろうが・・・。
全部閉めてもこの明るさ。
カーテンが欲しかった。














個室の様子。
改装したばかりか、とても綺麗だった。
トイレと洗面所つき。

Wifiは繋がるので、スマホ、パソコンは自由に使えた。
テレビ、冷蔵庫も無料。

寝返りの音やうめき声を聞かれなくて気が楽だった。
また、他の人の食事の匂い、音もなくて楽だった。



by fa-crescent | 2019-07-20 09:06 | そのほかのいろいろ

青天の霹靂2

告知めいたことを言われた翌日に例の10連休のゴールデンウイークが始まりました。

家に帰って家族に報告したその日の夜、家族は「そんな悠長なことを言っていてはだめ。すぐ入院!」と、すぐに入院日を変更するべきだと言いました。
ところが、翌日、9時を待って電話をしたのですが、病院は警備にしか繋がりません。
そして、何とか繋がった先の人が言うことには、そういう事務手続きは10日間お休みとのこと。
が~~ん!です。
病院って365日稼働していると思っていました。
(稼働はしてるけどね、入院患者さんがいるわけだから)。

そして、蛇の生殺しゴールデンウイークが始まりました。
1年前にはなかった腹部のモノが今は9センチ大になっている。
こうしている間にもどんどん育つ、そんな気がしました。

連休中に予定していた京都(また!)旅行やゴルフはキャンセルしました。
体調的には全然大丈夫なんですが、そんな気が起きなかったのです。
実際、自覚症状ゼロなので元気ではありました。

浜名湖撮影ツアーはキャンセルすると皆さんに迷惑がかかるので行きました。


そして、このゴールデンウイーク中に私が行ったのはいわゆる「身辺整理」でした。
と、言ってもあまりにも散らかっているところや汚れている家の内外の整理や掃除、
お花の先生の集まりの会計の集計(もしかしたら、他の人に交代するかもしれないので)などでした。
服の断捨離や写真の整理もしたかったのですが・・・・・、あまりの量に早々に諦めました。


連休中に久しぶりにあった叔母や従妹とは、もしかしたらこれが「今生の別れ?」などとちらっと考えてしまいました。


さて、ようやく10連休が終わり、病院に連絡して入院日を変更してもらえました。
でも、どうしてもそうするとNHK文化センターにかかってしまいます。
どうやら、病院は検査とかは平日のみしか機能していなくて、検査入院は土日は入院させていたくない模様です。
と、言うことで、NHK文化センターの時に入院せざるを得なくなったのでした。

NHK文化センターを休むのは急性胃炎を患ったとき以来2回目です。

皆さんにご迷惑を掛けてしまいました。






by fa-crescent | 2019-07-13 10:33 | そのほかのいろいろ

青天の霹靂

ブログ、約1カ月休んでしまいました。

読んで下さる人が少ないブログとは言え、自分の超個人的なことを書くべきではないのでは?とも思いましたが、今現在、私の生活はそのために激変していますので、それを抜きにしては話にならないので、書こうと思います。

この一か月の間、実は2度の入院とか色々ありました。



ことの起こりは4月に受けた年1回のMRIでした。

「息を吸って止めて~」を何回かした後、「はいこれで最後です」と言われたあと、「あ、あと少しします」となぜか追加で息止めをさせられました。
そして、一旦、筒から私を出した後、「下の方に少し影がありましたので、下の方も撮ります」とお腹に巻いたものを少し下にずらしてもう一度筒の中に入れられて、さらに追加で撮られました。
「影???」

この時、今思えば、ちょっとした覚悟はできたのでした。
結果は一週間後に主治医の先生から聞かされました。
「血液検査の結果は良かったですし、膵臓も変化はありません。」

私はもともと健康診断の超音波検査で膵臓に嚢胞が多数あることがわかって、こういう体質の人は嚢胞からではないけど膵臓癌になりやすいので、と年一回のMRIとEUS(超音波内視鏡検査)をしています。

で、その膵臓は何ともないと言うのですが・・・。
この部分に9cm大のモノがあります、と、先生は写真を見て言いました。胃の下、左の腎臓の前に何かがあるそうなのです。
確かに素人の私が見てもグレーの大きなものがあります。
「リンパ腫か間質系腫瘍だと思われますので、入院して生検をしてみましょう」。
確かにある程度覚悟はしていましたが、9cmって・・・・。

しかも、この先生はこの後、何度も「リンパ腫」と言う言葉を使うのですが、いつも「リンパ腫」としか言わないのです。
そう言われると何か、良性のリンパ腫があるような気がしますが、それはなくて「悪性リンパ腫」のことなわけです。
「平日で5日間くらいとれる日はないですか?」と言われたので、NHK文化センターの講義はちょうど連休明けの翌週にあったので、それが終わってからの入院ということにしました。

この日の私の精神状態は今思うと、すごく変でした。

どこかでこう言われることを覚悟していたような、でも、まるで何だかドラマのようだなとか。
急に言われても、NHKやお花の講習会やお稽古や写真教室や木工教室はどうすればいいの?とか・・・。
この日はこのあと自宅のお稽古を予定していたので、3時までに帰らないといけないのに、とか。
診察の後の入院手続きとかCTの手続きへ行く途中で涙がふいに出てきたりとか。

とにかくイライラして(行く先々で待たされたので)、自宅に着いたのが生徒さんたちが来るほんとに5分前でした。




by fa-crescent | 2019-07-12 17:48